礼拝説教「主の祈り講解説教 『我ら』と祈る幸い」 牧師 鷹澤 匠
 詩編 第107編1~3節

 
 先週、私たちの教会では、教会研修会を行いました。毎年の恒例行事になりつつありますが、今年も、私が短い講演をしたあと、分団(小グループ)に分かれていただきました。
 ちなみに去年は、それぞれ、「好きなもの」に分かれていただきました。音楽が好きな方たちのグループ。ガーデニングが好きな方たちのグループ。また、犬や猫、中には、プロ野球好きという分団もあった。あれはあれで、非常におもしろかったのですが、今年はあえて、くじ引きで分かれていただきました。なぜ今年は、くじ引きにしたのかと申しますと、なるべく色々な年代の人たちと同じ分団になっていただきたかったからであります。
 教会には、世代ごとの集いがあります。青年会、婦人会、壮年会、そして希望する七五歳以上の方が所属できるシャローム会。でも、なかなか世代を越えて、交流をする機会が少ない。そこで、先週の教会研修会では、くじを引いていただき、色々な世代を混ぜたグループを作っていただいたのであります。そしてそこで、私が、お願いをしたことは、そのグループごとで、「祈り合う友」になっていただく、略して、「いの友」になってください、ということだったのです。
 このようなやり方をしました。全員に、何も書き込んでいない表をお配りしました。そしてグループの中で、一人ずつ自己紹介をしていただく。そのとき、自分の名前と一緒に、「皆様に、祈ってほしいこと」も述べていく。それを他の人たちは表に書き込んでいって、各自の祈りの名簿を作っていただいたのです。その人のお名前、そしてその人が祈ってほしいこと。それを書き込んだ名簿を、家に持って帰り、一回でも、二回でもいい、祈りの友(いの友)のことを覚えて、祈ってほしい。そのようにお願いしたのであります。
 研修会が終わったあと、何人もの方々から、「とても嬉しかった」という言葉をいただきました。「とても嬉しかった。今まで一人で悩んで、一人で祈っていたけれども、他の皆様に祈っていただけることになった。こんなに力強いことはない。これほど頼もしいことはない」。
 時々、聞かれます。「教会の交わり」って何ですか? 「教会の交わり」、その中心は、礼拝です。私たちは、礼拝が終わって、それから、お茶を飲んだり、食事をしたりという交わりの時が始まるのではない。共に讃美歌を歌い、共に御言を聴き、そして聖餐にあずかる。これが、教会の交わりです。そして、礼拝を中心にしながら、私たちは、互いに祈り合う交わりを行うのです。
 礼拝後、なぜ、私たちは、お茶を飲むのか。また定期的に、食事をしたりするのか。それは、祈り合うためです。お互いの悩みを知って、また悩みだけではなくて、喜びや神様への感謝も知って、互いに祈り合う。そして場合によっては、互いに罪の告白を聴き合って、罪の赦しを神様に祈る。それこそが、教会の交わりであり、教会でしか味わえない愛の交わりなのであります。「教会」、それは、祈りの共同体なのであります。
 
 私たちは、この礼拝で、主の祈りを学び始めました。今日、私たちが心を寄せたい言葉は、「天にまします我らの父よ」、この中の「我ら」という言葉です。主の祈りは、「我ら」と言って、祈っている。つまり、「わたしの父よ」ではなく、「我らの父よ」。
 あるアメリカの説教者が、このようなことを言いました。
 「主の祈りは、人格的(パーソナル)な祈りであって、私的(プライベート)な祈りではない。主の祈りは、公的(パブリック)な性格を持つ」。
 私たちは、一人でいるときにも、主の祈りを祈ります。そして、祈りというのは、神様との対話、一対一の対話。その意味で主の祈りは、確かに、人格的(パーソナル)な祈りなのです。しかし、個人的な、私的な、プライベートな祈りなのか、というと、そうではない。主の祈りは、一人で祈るときも、「我ら」と言って、祈っている。主の祈りは、公的な、パブリックな性格を持つ。
 私たちは普段、これをどれほど自覚しているだろうか、と思うのです。主の祈りを祈るとき、「我ら」と祈りながら、他の誰を、意識しているだろうか。私たちは今日、この「我らの」という言葉に心を向けたいのです。イエス様が、「『我らの』と言って、祈りなさい」、そう言われた、その思いに心を寄せていきたいと願うのであります。
 
 今日も、幾つかの聖書の箇所を読みながら、主の祈りの言葉を深めていきたいのですが、まずは、旧約聖書、詩編第一〇七編一節から三節です。

 「恵み深い主に感謝せよ、慈しみはとこしえに」と
 主に贖われた人々は唱えよ。主は苦しめる者の手から彼らを贖い
 国々の中から集めてくださった、東から西から、北から南から。

 「贖い」という言葉が出てきます。この「贖い」という言葉は、教会以外では、なかなか耳にしない言葉だと思いますが、元々は、「お金を払って、奴隷を買い戻す」ときに使われた言葉でした。古代世界において、貧しくて、息子や娘たちを売ってしまう人たちがいました。また戦争によって捕虜になり、奴隷として売られてしまう人たちもいた。その人たちを自由にする、奴隷から解放する、その方法は、それ相応のお金を支払うことだったのです。当然、高額なお金が要求された。しかしそれさえ支払えば、自由にすることができた。そして(決して多くはなかったのでしょうが)高額なお金を支払って、一度売った息子や娘を取り戻す、また自分の身を自由にする、そのような人もいたのであります。それを、「贖い」と言った。
 そして、旧約聖書の民、イスラエルは、元々、エジプト奴隷だったのです。しかし、神様が、エジプトから、イスラエルの民を、贖ってくださった。エジプトから脱出させ、奴隷の身分から、自由にしてくださったのです。
 そして、一回だけ、「贖い」が行われたのではないのです。イスラエルはやがて国を造る。しかしその国が、アッシリア、またバビロンという敵国によって、滅ぼされてしまう。そして多くの人たちが、敵国の捕虜として、外国に連れて行かれてしまうのです。この詩編でも、東から西から、北から南から とあるように、イスラエルの人たちは、世界中に散らされてしまったのであります。しかし、神様が、もう一度、彼らを連れて戻してくださった。エジプトから脱出させてくださったように、アッシリア、またバビロンから贖ってくださった。だから、この詩編は歌う。

 「恵み深い主に感謝せよ、慈しみはとこしえに」と
 主に贖われた人々は唱えよ。主は苦しめる者の手から彼らを贖い
 国々の中から集めてくださった、東から西から、北から南から。

 神様は、ご自分の民を見捨てない。どこに行っても、また何度でも、贖い、そして集めてくださる。
 そして、さらに聖書が語るのは、贖いの出来事は、私たちの身の上にも起こった、ということなのです。私たちも、奴隷、また捕虜になっていたのです。罪の奴隷、死の捕虜、またその他、この世の勢力を始めとして、様々なものの奴隷となっていた。しかし、神様が、私たちも贖い出してくださった。イエス様という貴い代価を払い、神様が、私たちを自由にしてくださった、東から西から、北から南から。そのようにして誕生したのが、「教会」だったのであります。教会こそ、主に贖われた民。東から西から、北から南から集められた民。そして、イエス様は、教会に、主の祈りを与えてくださったのです。「天にまします我らの父よ」、この「我ら」は、神の民、教会だと言ってもいい。
 
 私、他の国を旅行したとき、何回か、その国の教会の礼拝に参加したことがありました。そして、ドイツの教会に行ったとき、たまたま私のとなりに、体の大きなドイツ人の男性が座ったのです。ドイツには、体の大きな方が多い。私も背丈だけだったら、そこそこ高いのですが、体の大きなドイツの男性は、体つき、肉づきが違う。そのときも、礼拝で起立するたびに、自分が小さくなったような気持ちになりました。
 そして、主の祈りを祈るときが来た。一緒に起立して、「天にまします我らの父よ」と祈った。そのとき、その体の大きな男性と、一緒に声を合わせて、「我らの父よ」と祈ったときに、私、なんとも言えない感動を覚えたのです。「ああ、この体の大きな、もちろん、詳しいことは何も知らないこの人も、『我らの父よ』と言って、祈っている。生まれた国も、育った環境も、そして言葉も、すべて違う。しかし、この人も、そして私も、同じ『我ら』なのだ!」。私はそう思って、何とも言えない感動を味わった。
 世界中の教会が、主の祈りを祈っています。それはすなわち、世界中の何億人というキリスト者が、「我らの」と言って、祈っていることを意味する。このようなことを思い浮かべていただいてもいいのです。今日は、日曜日です。地球は丸いですから、日が昇り、日が照らし、段々と日曜日になっていく。そしてどこの国でも、日曜日には礼拝が行われ、そこで必ず、主の祈りが祈られているのです。そして日曜日、主の祈りは、日の光と共に地球をぐるっと一周する!主の祈りの、地球規模のリレーが行われているのです。そして私たちも、「我ら」と祈って、そのリレーに参加している。
 普段も同じなのです。普段私たちが、一人で主の祈りを祈る。そのときも、私たちは、「我ら」と言って、祈る。そのとき、その「我ら」は、東から西から、北から南から、神様が贖ってくださった民、世界中の教会、キリスト者、私たちは、その「我ら」の一人となって、祈っているのです。ですから、主の祈り、それは、一人で祈っても、一人ではない。私たちは、とてつもなく大きな「我ら」として、主の祈りを祈る。
 そしてさらに、主の祈りは、地上の民だけの祈りではないのです。
 
 次は、ヘブライ人への手紙第一二章一節をお読みいたします。新約聖書、ヘブライ人への手紙第一二章一節。

 こういうわけで、わたしたちもまた、このようにおびただしい証人の群れに囲まれている以上、すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか、信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら。

 ヘブライ人への手紙は、私たちの歩みを、「競走」と言って、陸上競技に譬えています。ただ、この「競走」、短い距離を走る、短距離走のようなものではないでしょう。長い距離、私たちの歩み、私たちの人生ですから、マラソンよりも、長いレースでありましょう。その競走を、イエス様を見つめながら、忍耐強く走り抜こうではありませんんか、ヘブライ人への手紙は、そのように語るのです。
 しかし、この手紙は語る、私たちは、たった一人で、走っているのではない。おびただしい証人の群れに囲まれている、私たちは、大勢の証人たちに、その群れに囲まれながら、走っている。
 「おびただしい証人」、この手紙があげていく証人は、旧約聖書に登場する人たちです。前の章に出てくるのですが、アブラハム、ヤコブ、モーセ。またそのほか、大勢の旧約聖書に出てくる人たち。しかし、それはこの手紙があげるほんの一例でありまして、歴代のキリスト者たちも、この「おびただしい証人の群れ」に入るのです。イエス様の弟子たち、パウロ、また、古代教父のアウグスティヌスや、中世の神学者トマスアクィナス。また、宗教改革者のルターやカルヴァンも、みんな含まれる。私たちは、その人たちに囲まれながら、走っている。そして、(今日の説教の関わりで言うならば)私たちは、おびただしい証人たちと共に、「我ら」と言って、主の祈りを祈っているのです!
 「天にまします我らの父よ!」。この「我ら」の中には、イエス様の弟子たちも、パウロも、アウグスティヌスも、トマスも、宗教改革者たちも含まれる。もちろん、歴史に名が残っている人物たちだけではない。信仰をもって、神様に向かって祈ってきた祈りの友、すでに天に召された信仰の諸先輩、私たちの家族や、教会の仲間たち、牧師たちも、すべて含まれている。
 ある人は言いました。「天の城壁から身を乗り出すように、天の聖徒たちが、私たちと共に祈ってくれている」。
 「天の城壁」、神の都、そのバルコニーと言ってもいいでしょう。天のバルコニーから、身を乗り出すようにして、すでに召された方たちが、私たちと共に、「天にまします我らの父よ!」と祈ってくれているのです。
 どれだけ大勢の「我ら」なのだろうか、と思うのです。地上の民、天の民。大集団、大軍団、大軍勢の「我ら」。
 よく映画などで、たくさんの敵に、一人で立ち向かうヒーローの姿が出てきます。たくさんの敵が群がっていて、ヒーローは、たった一人で、その敵の中に斬り込んでいく。しかし、あの姿は、私たちキリスト者の姿ではありません。私たちは、一人で戦う、ということはあり得ない。「天にまします我らの!」、私たちはそう祈った瞬間、味方が、世界に、また天に広がる。神様に贖われた民、大集団、大軍団、大軍勢として、私たちは、罪と戦い、誘惑と戦い、その罪がいざなう絶望、死と戦う。それが、私たちなのであります。
 
 先々週の水曜日、私たちの教会のWさんが、天に召されました。Wさんは、最後の九年間、病院のベットの上で過ごされました。意識がない(正確に言えば、医者や私たちの目には、意識がないように見える)そのような状態で、九年間、入院生活が続きました。
 また、(これは私も、Wさんがお亡くなりになったあと、ご家族の方から詳しく伺ったのですが)Wさんは、晩年、うつも患っており、ひとたび体調を崩すと、何日もの間、自宅から出ることができない、そのような日々が続いたそうであります。ですから、礼拝の出席も、午前中の礼拝にはなかなか出ることができず、夜の礼拝が多かった。うつとの戦い、そしてその後の病との戦い。Wさんは、一生涯、ご家族の温かい支えの中にありましたが、それでも、つらく、時に孤独な夜が強いられた。
 Wさんがお好きだった讃美歌は、「山路こえて」という讃美歌でした。「山路越えて、ひとりゆけど」、Wさんは、山道を登るようにして歩まれた。なかなか足が前に進まない日があっても、それでも一歩一歩、足を踏み出し、歩んでいかれたのであります。
 Wさんは、23歳の時、生まれ故郷の教会で洗礼を受け、そして大阪の教会、そして私たち大和キリスト教会において、信仰の歩みをなさいました。教会には、小さいときから通っておられ、当然のことですが、主の祈りも、もう体の中に染みつくようにして、覚えておられたことでありましょう。そして、一人、孤独な戦いを強いられている中、Wさんも、何度も、主の祈りを祈ってこられた。
 そしてWさんも、主の祈りで、「我ら」と口にしたのです。そしてWさんが、「我ら」と口にした瞬間、(Wさんが、自覚していた、していなかったに関わらず、)その祈りは、一人の祈りではなくなっていた。東、西、北、南、そして天上まで含めた、すべてのキリスト者と共にある祈り、大軍勢の中の一人の祈りとして、尚子さんは、主の祈りを祈り、またその祈りが、神様に聴かれてきたのであります。
 そしてさらに、Wさんは、きっと、祈ることさえできない夜もあったのではないか、と思うのです。もちろんこれは、Wさんだけではない。私たちにもある。私たちも、「天にまします我らの父よ」、その言葉を口にする、それさえ、つらい夜。祈ろうと思っても、祈りの言葉が出てこない、主の祈りでさえ、祈れない。そのような厳しい山道もある。しかし、しかし、例えそのような時も、どこかで、誰かが、「我ら」と言って、祈ってくれているのです。私たちに代わって、私たちを巻き込むように、世界中のキリスト者が、「我ら」と言って、祈ってくれている(Wさんが、祈れないときも、祈ってくれていた)。それが、「主の祈り」なのです。
 
 アメリカにある教会の中には、礼拝中、牧師が立って、皆様が座っている席をまわる、というところもあるそうです。そして牧師は、一人一人と握手を交わしていくそうですが、そのとき、席に座っている人たちは、牧師に向かって、こう言うそうです。「先生、わたしのために祈ってください」。この「わたしのため」というのは、英語では、forです。そして、forは、「わたしのため」とも訳せますが、同時に、「わたしに代わって」とも訳せる。つまり、「先生、わたしは、もう祈れません。疲れ果てて、祈る元気さえありません。しかし、わたしのために、わたしに代わって、祈ってください」。
 「代わる祈祷」と書いて、「代祷」という伝統が、教会には古くからあります。その人に代わって、誰かが祈る。祈れない人に代わって(場合によっては、祈らない人に代わって)、ほかの誰かが祈る。「主の祈り」というのは、「代祷」の要素も持っているのです。わたしに代わって、誰かが、「我ら」と言って、祈ってくれている。また、あの人、この人に代わって、わたしが、「我ら」と言って、祈る。私たちは、そのような祈りの民に属している、その一員として祈っている、また、祈られているのです。
 
 そして、その「我ら」の先頭には、イエス様がいてくださる。
 前回の説教で学びました。なぜ、私たちが、神様を「父」と呼べるのか。本来ならば、神様を「父」と呼べる、その資格があるのは、イエス様だけだった。しかしイエス様が、私たちにも、「神様を、父と呼んでいい」と許してくださった。口で許すだけではなく、自ら十字架にかかり、私たちを、神様の子どもの身分としてくださった。つまり、イエス様が、私たちのもとにまで降りてくださり、自ら、私たちと同じ「我ら」になってくださったのです。そして、十字架によって、私たちを、「神の子」の身分にまで引き上げてくださり、私たちを、イエス様と同じ「我ら」としてくださった。この「我ら」という言葉の中には、イエス様の貴い命が、ささげられている。十字架による贖いが、込められている。その上で、私たちは祈る。「天にまします我らの父よ!」。イエス様を先頭にして、イエス様と一緒に祈る、「我ら」と祈ることができるのです。
 「主の祈り」、なんて貴い祈りだろうか、と思うのであります。
 
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